そこなしハッピーエンド4

本の話とかアイドルの話とか。

蒼山サグ『ロウきゅーぶ!』2巻 その2 幸せな子どもたちの物語。

ロウきゅーぶ!〈2〉 (電撃文庫)

ロウきゅーぶ!〈2〉 (電撃文庫)

1巻にて主人公、昴くんは、小学校教師をやっている従妹、美星に頼まれて、女子バスケットボール部のコーチを引き受け、そして5人の子どもたちと出会いました。

バスケットボール部といっても、公式な大会への出場はしておらず、元より智花以外にバスケットボールを選ぶ積極的な理由をもっている子もいない為、それぞれと過ごす楽しい時間の為の手段としての面が大きい活動でした。

その”楽しい時間”を守る為に戦うことを選び、そして勝利したのが1巻のお話。

ロウきゅーぶ!』はスポコン物として捉えられている作品であり、1巻で戦うことを選んだ以上、続編では公式大会などに出場し上へとのぼっていく展開が予想されていたように思います。しかし、2巻における戦いは、小学校の球技大会であり、1巻と比べて勝たなければいけない理由が薄まったように見えます。
戦うことを選んだにもかかわらずインフレしていかない展開。この物語は、いったい何を描いているのでしょうか。





この物語の始まり、彼と彼女たちの出会いは本来ありえなかったものであり、それゆえ期限が明確に決められています。
女子バスケットボール部の子どもたちは6年生ですから1年後には卒業します。
昴くんは高校のバスケットボールが不祥事によって1年間の部停止となっている為現状はやることがありません。しかし再びバスケットボールをすることができる環境が戻ってきたなら、自らの物語に帰っていくでしょう。

1年間。それがおそらくこの物語に与えられている期間です。

そしてこの期間、彼らは成長を求められるイベントを抱えていません。
子どもたちは、エスカレータ式の私立小学校の6年生なので、中学受験のことを考えなくてよいですし、昴くんはこの春高校に入学したばかりで部活動も部停止中です。

子どもたちは、成長を強要されず、”今、ここ”での楽しみのためだけに生きる事を許されている。






1巻では、女子バスケ部が楽しむためだけのバスケをするために体育館を使用しており、そのせいで練習時間を確保できない、上の大会を目指して努力している男子バスケ部との間に確執が起こり、体育館の割り当てを賭けて勝負をすることになります。

昴くんは、女子バスケ部、男子バスケ部のどちらをも肯定し、無遠慮にその物語に立ち入らず、女子バスケ部のコーチとして子供たちにしてあげられることだけをします。

そして、女子バスケ部の子どもたちは自らの力で、男子バスケ部に勝利しました。


このような物語で、成長を志向する集団に勝利した場合、主人公側の集団には、その先へと進むことを強いる力が働くように思います。
しかしこの作品は、2巻の時点ではそういった展開には行きません。
2巻において彼女たちは、上の大会を目指すわけではなく、小学校の球技大会という1巻と比べて意味の薄い勝負を戦います。

ここで、物語はその前提であった、指向の失われた世界へ立ち戻っています。

今、彼女たちは成長を強制されていせん。しかしそれでも彼女たちは、”今、ここ”を守り、”今ここ”を良くしていき、”今、ここ”にいられる自分であるために、現状の自分を否定し、成長を志向します。


他者に押し付けられた成長でもなく、ここではないどこかを求めるわけでもなく、”今、ここ”で幸せに生きていく為に、自ら気づき成長していく、本当に健全で伸びやかな子どもたち。
彼女たちがそういう人間であるということを、確認する為にこの2巻はあり、そしてその後に続くからこそ今後書かれるであろう彼女たちの成長物語は他にはない強度を獲得するように思います。




昴くんが救済され、復活する物語は既に1巻の時点で終わっています。彼自身の物語は既に『ロウきゅーぶ!』ではなく、だから2巻の冒頭に登場する高校の同級生は「それはまた、別のお話」といわんばかりに、その後登場しなかったのでしょう。

これから先は、子どもたちの物語です。そもそもこの幸せな子どもたちを描く為に書きはじめられた物語なのだと思います。
昴くんが、子どもたちに技術は教えても、それぞれの物語に無遠慮に立ち入ることをしないように、作者自身も彼女たちの物語に立ち入ることに細心の注意を払っているように見えます。なんでも四国でお遍路中野宿しているときに脳内に現れた女の子達を小説にしたんだとか。


昴くんが、女子バスケ部の子どもたちと出会えた奇跡。
いつかまた再び自らの物語に帰っていく昴くんと同じように読者も物語から帰ってこなければならないが、確かに胸に得たものがある。
僕はこの物語と出会えたことを、本当に嬉しく思っています。



参考にしたエントリ

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20090503/p5

…この話の延長線上につなげて考えていたんだけれど、頭がまとまらないので書ける事を書きました。