伊藤計劃さんによる、死者との向き合い方についての一文。
以下伊藤計劃さんのブログより引用。
(略)
ぼくは「冥福」という言葉はなんかしっくりこない。冥土があるとは思っていないというのがあるし、慣用句としても意味がなさ過ぎる。たぶん、ぼくはこれまで日記を書いてきて、誰かが死んだときには「冥福」という言葉は使っていないはずだ。「メタルギア」のノベライズで書いたのは、そういうことだ。人が死んだとき、それを悼みとともに思い返すとき、ぼくらはどんな言葉を口にすればいいんだろう。ぼくはいままで、ずっとこの言葉を使ってきた。
ありがとうございました。
あなたの物語は、今の私の一部を確実に成しています、と。
あなたの言葉は、今の私の一部を確実に縁取っています、と。
かつてあなたの言葉が真実だと思った時期もあり、いまはその頃と考え方も変わってしまったけれど、しかしあなたの用意した道を迂回してここにたどり着けたことはやたり、幸福だったんです、と。
たぶん、これに神秘や神を付け足せば、宗教になるのだろう。
でもぼくは今のところ自分の死に怯える無神論者だから、天国も冥土も、故人に対する態度としては誠実じゃない。
だから、ありがとう、という。
あなたの物語を、ありがとう。
あなたの批評を、あなたの漫画を、
あなたの絵を、あなたのblogを。
ぼくは、ご冥福を、というよりは、「ありがとうございました」と送り出すのが、自分にはしっくりくるのだ。どんな死者でも。自分に「物語」を授けてくれた人に対して。
というわけで、野田様、どうもありがとうございました。
一人の人間が、初めて誰かに物語を、フィクションを語ろうとするその場所に、あなたの本はありました。
ありがとうございました。